全文閲覧可【学術論文分析】脳と機械のインタラクションに関する研究開発の現状

2017年6月13日

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はじめに

 考えるだけで機械を操作したり、脳とコンピュータの間で直接情報を授受できるとすれば、これは人間にとって究極のインターフェースとなるであろう。このような技術はブレイン・マシン(コンピュータ)・インターフェース(BMI/BCI、以下BMIと称する)と呼ばれている。

BMIに関しては、車いすの制御や体の不自由な方の意思伝達など、一部の特殊な用途においてすでに実用化が進められているが、ここ数年、さらなる高度化や民生利用につながる動きが出始めている。例えば海外では米国防高等研究計画局(DARPA)が2016年1月に「Bridging the Bio-Electronic Divide」と題し、脳とデジタルワールドの間で前例のない信号分解能およびデータ転送帯域幅を持つインプランタブルな神経インターフェースの開発プログラム構想を発表した。また日本でも内閣府が行う革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)において、「脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」と題し、平成26年度から脳情報の可視化と制御技術の開発を進めている。そのほか、テスラモータのCEOとして知られるイーロン・マスク氏がNeuralinkという神経系UI技術を開発する会社を設立するなどの動きも見られる。

BMI研究の歴史は古く、その始まりは1970年代とされている。実際にエルゼビア出版が運営する学術文献データベース「Scopus」でBrain Machine Interfaceを検索すると、1985年には既にこのキーフレーズをタイトルに含む論文が登場している。その後しばらくの期間、BMIに関する論文数は年間で数~数十件程度にとどまり、必ずしも研究が活性であるとは言い難い状況が続いていた(Fig.1)。その後、2003年頃を境に論文数は増加の一途を辿り、現在では年間1,000件以上の報告がある。

注目が高まるBMIであるが、実際の研究開発がどのようになっているかを知る上では、学術文献レベルでの動向を把握することが一つの方策である。そこで、BMIに係る学術文献をリソースとし、クラスター解析を用いた俯瞰解析を試みた。学術文献の収集には学術文献データベースScopusを利用した。収集対象は、brainと1ワード以内でmachine interfaceあるいはinteraction、computer interfaceあるいはinteractionがタイトル、要約、キーワードのいずれかで共起する2001年以降発表の査読付き雑誌および会議録とした。該当する論文数は約11,000件であった。

 

2.BMIに関するマクロ動向

 BMIに係る研究がどのような観点で行われているかを把握するために、学術文献の投稿先雑誌の分野分類別の集計を行った。結果をFig.2に示す。なお、分野分類は一つの雑誌に複数の分野が割り振られることがある点に注意が必要である。    

     

 BMI関連論文の投稿先分野では、計算科学と工学の比率が高く、これに医療や神経科学が続いている。年次推移をみると、図に示した5分野のうち、医療のみ直近2年で投稿数が急速に減少する傾向を示している。これはBMI研究の観点が計算科学や工学などシフトしていることを示しているものと考えられる。

 BMI研究における主要な国別の研究論文数をFig.3およびTable 1に示す。論文数が最も多いのは米国であり、これに中国、ドイツ、日本が続いている。投稿先雑誌の分野分類別にみると、米国は数学分野雑誌を除く4分野でトップの論文数、中国は計算科学、工学、医療で2位のほか、数学分野雑誌でトップ、神経科学で3位となっている。論文数が拮抗している日本とドイツを比較すると、ドイツは神経科学で2位、医療で3位となっているが、計算科学や工学、数学では日本のほうが上位に登場しており、立ち位置の違いが見て取れる。

3.BMI関連論文のクラスター解析  

 BMI関連研究の全体像を俯瞰するため、収集した論文のクラスター解析を行った。クラスター解析では解析対象とする文書情報の特徴量を評価し、文書相互の類似度に基づき可視化している。類似度評価には論文のタイトルおよび要約を用いた。クラスター解析結果をFig. 4に示す。

Fig.4では類似した内容を有する研究領域をアイキャッチのために赤破線で囲い、代表的なキーワードを付記している。

BMIに関連する論文は、大きく分けると4つの領域に分けられる。一つはクラスター解析左上に現れる研究群で、BMIの測定に係るものである。例えばECoG(皮質脳波)、神経シグナルやスパイク検出などに関する研究が見られる。その下方向、解析結果中、中央左側の領域は脳波等の分類や特徴抽出といった解析手法に関する研究群が見られる。とくに特徴分類・抽出に関連する研究領域には多くの論文集積が見られる。分類・特徴抽出と隣接する右下の領域には各種刺激と脳波等の関係に係る研究群が見られる。とくにP300(事象関連電位の一種)やSSVEP(定常状態視覚誘発電位)に関連する研究が特に多く見られる。またその右側にはフラッシュ、音、感情、音楽などの刺激に関する研究も見られる。クラスター解析右側の領域は主に応用に係る研究が集積している。明確な密集領域を形成している研究領域としては、歩行や脳卒中患者の訓練、車いすやロボット、移動体、ゲームの制御などがある。

4.BMI関連研究のトレンド 

 BMIに係る研究開発トレンドを、クラスター解析結果を用いて可視化した結果をFig.5に示す。なお、Fig.5では学術文献の密度が高い領域を赤で示し、順次黄色、緑、青の順に低くなっている。また各年次区間の比較を行いやすくするため、最大値を統一している。

 BMIに関連する研究論文発表のマクロトレンドは、Fig.1に示したように2003年頃から急速に立ち上がっているため、2001~2004年のスパンでは研究論文数は多くない。研究としては移動やメンタルタスクの分類に関連したしたものが見られる。その後2005~2008年のスパンになると、脳波の特徴抽出や分類に関する研究が急激に増加する。

 研究領域が急速に拡大するのは2009~2012年のスパンである。クラスター解析結果全体で緑色の領域が広がっており、広い視点からの研究が行われていることが分かる。そのなかでもとくに研究集中が目立つのは、特徴分類におけるCSP(Common Spatial Pattern)の利用やSSVEPおよび各種刺激応答などに関する研究である。

 直近の2013~2016年では、特徴抽出・分類がやや減少し、CSP、SSVEP、P300などに関する研究が増加している。また心的イメージに関する研究も増加している。心的イメージに関しては、例えば脳活動のみを使用してコンピュータにコマンドを送信するなどの機能を実現するための研究が行われている。応用では脳卒中やに関連した研究と、それに隣接したfNIRの利用、ゲームに関連した研究の増加が顕著である。

5.BMI関連研究の国別動向

BMI関連研究に関しては、論文数で見た場合には米国、中国、ドイツおよび日本が上位を占めている。これら主要国間における研究領域の違いを、クラスター解析を用いて明らかにした結果をFig.6に示す。なお、Fig.6に示した結果では、各国および期間での傾向を把握しやすくするため、各条件での最大密度を示す領域を赤で示しているため、異なる国間での論文数の比較は行えない点に注意が必要である。
 クラスター解析を用いて上位4カ国の研究領域を比較した結果、その研究領域は、いずれの国も異なった傾向を示していることが分かった。以下、国別の傾向を概説する。

(1)米国
 2001年以降の通年で見た場合、BMI研究における米国の研究領域はクラスター解析上側にとくに集中している。とくに神経シグナルやスパイクの検出、デコーディングおよび動きの制御に関わる研究に関する蓄積が多い。2013年以降で見ると、スパイク検出や運動皮質に関連した研究(図中矢印)が増加している。そのほか、埋め込み機器や右下に位置するSSVEPに関する研究が多くなっていることが分かる。

(2)中国
 中国のBMIにおける研究領域は米国とは異なり、主にクラスター解析結果中央左と下の2箇所にとくに多くなっている。中央左の領域は脳波などの特徴分類・抽出に関する研究領域であり、下側の研究領域はSSVEPに関する研究領域である。通年と2013年以降で、研究領域に大きな変化は見られないが、比率としてはSSVEPや右側のアプリケーションに近い研究の比率が高くなってきている。とくに図中矢印で示した移動体に関する領域が多くなっており、脳波によるインテリジェント車両の制御プラットフォームに関する研究や危険察知などに関する研究が含まれている。

(3)ドイツ
 BMIにおけるドイツの研究領域は、主にクラスター解析結果の右側に分布している。右上側の研究領域は歩行や脳卒中患者のリハビリなどに関連する領域であり、右下の領域は音やフラッシュ等の刺激に関する研究領域となっている。2013年以降に絞った場合でも研究領域に大きな変化はないが、図中矢印で示した領域の比率が高まっている。この領域には筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対するBMI応用に関連する研究である。なお、ドイツ発の論文の特徴語を集計すると、最も出現頻度が高いのが「patient」となり、総じて医療系の研究が多くなっているものと考えられる。

(4)日本
 日本の研究領域を見ると、傾向としてはクラスター解析中央右側と中央下に分布する形となっている。中央右側の領域は赤外線利用に関する研究であり、とくにfNIRS(近赤外脳機能計測)に関する研究が多くなっている。中央下に見られる集中領域はSSVEPやP300に関する研究領域である。日本の場合、2013年以降に着目した場合でも研究領域に大きな変化は見られない。

6.公的機関による助成状況と民間企業の取り組み

 BMI研究に対する助成状況について、Scopusに収録されている助成金情報を用いて分析した。対象となっている論文数は699件であった。収録されている助成金情報は概ね2013年以降であり、2013年以降に発表された論文数が約5,000件であることを考えると、約14%の論文が何らかの資金を受けていることになる。主要な助成機関別件数をFig.7に示す。

BMI研究における助成状況を見ると、単独組織としては中国NSFC(国家自然科学基金)が最も多くなっている。米国での助成に関しては、NSF(国立化学財団)、NIH(国立衛生研究所)、およびDARPA(国防高等研究計画局)、NINDS(国立神経疾患・脳卒中研究所)が多くなっている。日本に関してはJSPS(日本学術振興会)が、ドイツではDFG(ドイツ研究振興協会)からの助成が多くなっている。なお、NRFは韓国研究財団である。

主要な助成機関による資金がどのような領域に投資されているかを可視化した結果をFig.8に示す。

主要投資機関の投資領域を見ると、米国4機関はクラスター解析上部に集中し、NSFCは中央左および下側に集中していることが分かる。これらはFig.7に示した2013年以降の米国および中国の主要な研究領域と、ほぼオーバーラップする形となっている。DFGやJSPSに関しても件数は少ないものの、投資領域と研究集中領域の重複が見られる。

この結果に関しては、公的資金が投入された結果として論文数が増加していると考えるか、あるいは論文が多いところに研究投資をしているか、両方の可能性が考えられる。より詳細を知るためには、各助成機関のプロジェクト情報を基にした解析を行う必要があるが、いずれにしてもBMI研究においては公的資金による助成が重要な役割を占めているものと考えられる。

BMI研究に関しては、最終的には医療用途や各種機器の制御などの応用されていくものと考えられる。そこで、現状での民間企業の取り組みはについて、学術文献レベルで見た場合の民間企業の取り組み状況を可視化した。結果をFig.9に示す。Fig.9では助成金を受けている研究も合わせて示した。なお、著者所属機関に民間企業を含む論文数は、約260件と、全体の2.3%と多くない。

民間企業が著者として含まれる研究領域と公的資金が投入されている研究領域を比較すると、両者の重複は多くないことが分かる。民間企業の場合、ドライ電極やロボット制御、移動体、あるいは脳卒中患者のリハビリといった、比較的実用が想定される領域に研究集積が見られるのに対し、研究助成ではスパイク検出やCSP、特徴分類、あるいはSSVEPといった領域が多くなっている。これはBMI研究において、少なくとも現状では基礎的研究要素が多く残っている中で、実用化も並行して研究されていることを示しているものと考えられる。

7.おわりに 

 近年注目されるBMI研究について、学術文献をリソースとして動向分析を行った。BMI研究は学際的な研究領域であり、医学、神経科学、工学、計算科学、あるいは数学など、複数分野にまたがるものである。とくに近年では計算科学や数学的な観点からの研究が増加する傾向にある。

当該分野における主要国は米国、中国、ドイツおよび日本であるが、各国の取り組み状況には明確な違いがある。米国は神経シグナルやスパイクの検出、デコーディングおよび動きの制御のほか、埋め込み機器に関する研究に特徴がある。中国に関しては脳波などの特徴分類・抽出といった計算科学的アプローチに特徴がある。ドイツに関しては歩行や脳卒中患者、あるいはALSに関連した研究が多く、医療目的がメインとなっている。日本に関しては、fNIRS(近赤外脳機能計測)に関する研究とSSVEPやP300に関する研究領域が活発である。ドイツを除き、SSVEP関連研究はいずれの国でも活発に行われており、注目度の高い研究対象であると言える。

BMI研究開発に関しては、現状では基礎的な研究と応用研究が並行して進んでいる状況にあるが、トレンドとしては応用研究が徐々に増加する傾向にあるものと考えられる。民生用途という観点で見ると、脳の動きを如何に簡便にとらえるかが非常に重要となることも間違いない。計測においてはfNIRSはその一つの解である。分野は異なるが、Microsoftがゲーム用に発売したKinectがRGB-Dという測定手法を広めたように、例えばゲームなどといった比較的リスクの少ない領域で当該技術が活用され、その結果精度が向上していけば、実用化は早まる可能性も考えられる。

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(著者紹介)
本多克也:取締役 兼 研究開発本部長、博士(工学):役員紹介
新技術事業団研究員、三菱総合研究所主任研究員を経て2008年よりVALUENEX入社。専門領域:ナノテクノロジー・材料等の先端科学技術調査分析および海外の科学技術調査分析。